Single Raglan Coat — 経年の記録(10年目)
長く着続けた服は、
最初に袖を通したときだけでなく、
「いつの間にか、こうなっていた」という記憶が残ります。
SINGLE RAGLAN COAT も、
そんな時間の積み重ねによって完成していく服のひとつです。
新品のときには感じられなかった柔らかさや、
身体に沿うように生まれた線は、
日々の生活の中で少しずつ形作られてきました。
今回はスタッフがおよそ10年にわたって着続けてきた
Single Raglan Coat を取り上げ、
現れた変化を、できるだけそのままの姿でお伝えします。
着始めの頃

このコートは、
正直に言うと着始めた頃から着にくさを感じることはほとんどありませんでした。
肩に乗っているだけで、
なんの上にも自然と羽織れる。
ジャケットの上からでも、
カジュアルな装いの上からでも、
特別な意識を必要としない存在でした。
構えて着るコートというより、
気づけばそこにある服。
日々の装いを受け止めてくれる、
まさにワードローブの一部のような感覚です。
新品特有のハリはありながらも、
身体を縛るような緊張感はなく、
「いずれ馴染む」のを待つ必要すらなかった。
最初から、日常の中に居場所を持っていたコートだったと思います。
ハリからドレープへ

着始めた頃、このコートは
ハリのある、立体的な佇まいをしていました。
生地そのものの力で形を保っている印象です。
それが時間とともに、
少しずつ変わっていきました。
硬さは抜け、
重力に任せるように生地が落ち、
身体の動きに合わせて自然なドレープが生まれてきたのです。
この変化を支えているのが、
一枚袖(シングルラグラン)という構造です。
肩線を持たず、袖から身頃までが一続きになっているため、
シワやクセは固定されることなく、
着る人の身体や動きに応じて、
ゆっくりと配置されていきます。
あらかじめ完成された線があるのではなく、
時間と着用によって線が育っていく。
その余白があるからこそ、
このコートはより人に近い表情を持つようになったのだと思います。
ディテールに現れた変化

肩は、より身体に沿うようになりました。
乗っているという感覚はそのままに、
無理のない位置へ静かに落ち着いてきた印象です。
襟もまた、確実に変化した部分です。
今では柔らかく、形を作りやすくなりましたが、
ふにゃふにゃになったわけではありません。
芯は残したまま、
その日の装いに合わせて表情を整えてくれます。
生地の色味にも、時間が刻まれています。
経糸と緯糸の色差によるものなのか、
当初とは異なる奥行きが現れ、
光の当たり方によってわずかに表情を変える。
いわゆるヴィンテージの玉虫感に近い(オリーブ系の色ではないものの)、
深みのある色合いが生まれてきました。
それは摩耗というより、
時間が静かに重なった結果のように感じます。
今も変わらない着方

10年という時間を経ても、
このコートの着方そのものは変わっていません。
ジャケットの上にも、
カジュアルなスタイルの上にも、
いつも通り、そのまま羽織るだけです。
この10年で、洋服はさまざまに増えました。
年を重ねてテイストも素材も少しは変わってきたと思います。
それでもこのシングルラグランコートは、
それらすべてを受け止めてくれる感覚があります。
中身が入れ替わっても、
形を選ばず包み込む器のような存在。
装いを主張するのではなく、
全体を静かにまとめてくれる安心感があります。
経年を前提にした服

シングルラグランコートは、
完成された形を押し付ける服ではありません。
着ること、動くこと、
時間を過ごすことそのものを前提に設計された服です。
人間に着られ、
生活の中で使われ、
経年していくこと。
ANATOMICA が考える服作りは、
それらすべてを自然なものとして受け入れています。
この一着に刻まれた10年の時間は、
その思想が現実の中で機能してきた証のようにも思えます。
別のスタッフが着続けているリバーシブルタイプのコートを
見ると、冬の訪れを感じたりもします。
それだけそのコートがその人自身の一部になっているのだと思います。
日本の代表である寺本はSingle Raglan Coatを
「3 Generation Coat」とも呼びます。
親から子へ、そして孫へと
受け継いでいってほしい、またそうできるコートだという
想いと自信かと。
今回紹介したコートはまだ10年。
今もまだ完成の途中にあります。
これから先の時間を受け取りながら、
さらに表情を深めていくはずです。