「JAMIESON'S」フェアアイルがスタイルになった理由
今回はアナトミカでも展開をしている「JAMIESON'S」のフェアアイルセーターについて。
モノとその背景について少し深堀っていけたらと思います。
少し長くはなってしまいますが、どうかお付き合い下さい。

フェアアイル・ニットと聞くと、多くの人は「伝統柄」「装飾的」「英国らしい」といった言葉を思い浮かべるかもしれません。
しかし本来、フェアアイルはデザインとして生まれたものではありません。
それは、ある土地と時代、そして生活の中で生まれた、
極めて合理的な衣服のかたちと言えます。
ヴィクトリア期という時代背景

19世紀のイギリス、ヴィクトリア期。(1837-1901)
1760年から始まった産業革命が成熟し、衣服は特権階級のものから、
庶民(common people)の生活必需品へと変わっていった時代です。
都市では工場による大量生産が進む一方、
スコットランド北部やシェットランド諸島のような辺境では、
依然として手仕事によるニット文化が生活を支えていました。
シェットランド諸島の気候の特徴は寒さ、風、湿気。
厳しい自然環境の中で求められたのは、
流行でも装飾でもなく、生きるための衣服でした。
なぜ「フェアアイル」だったのか

一見すると、無地の方が簡単そうに見えます。
確かに、「編む」作業だけを切り取るとそうなのですが、実際にはフェアアイル柄はその地域の生活に適していました。
多色編みによって生まれる裏側の糸渡りは、
編地に空気を含ませ、高い保温性を生みます。
さらに、色ムラや太さの不均一な手紡ぎ糸も、
柄の中に自然と吸収されていきます。
補修跡が目立ちにくく、
余った糸を組み合わせて使える。
フェアアイルは、限られた資源を最大限に活かす知恵でもありました。
※もちろん、編まれる柄によって地域や家柄、編み手を示す意味もあったようですが、今回は生活的な合理性を中心にお伝えしたいので、この程度に抑えておきます。
配色について

フェアアイルの色は、単に派手さを狙ったものではありません。
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羊そのものの毛の色:生成り、グレー、ブラウンなど
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植物染料でしか出せない、くすんだブルーや赤茶
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明色と暗色のはっきりしたコントラスト
これらはすべて、
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染色技術の制限
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曇天や薄暗い室内での視認性
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糸の在庫事情
といった生活条件の積み重ねから生まれたものです。
結果として残ったのが、
多色使いでありながら、落ち着いた印象のフェアアイルなのです。
「スタイル」への昇華

20世紀初頭、
この“庶民のためのニット”は大きな転換点を迎えます。
洒落物、傾奇者として知られる当時のウェールズ公、後のエドワード8世が、スコットランド滞在時にフェアアイル・セーターを私服として着用しました。
トップ画像がその時のもの。有名な1枚ですね。
それは、
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王族のために作られた服ではなく
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儀礼の場でもなく
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あくまで自然な日常着として
着られたものでした。
この瞬間、フェアアイルは
「寒い島の生活着」から
英国的カジュアルスタイルの象徴へと意味を変えます。
JAMIESON’S of SHETLAND

JAMIESON’Sが創業したのは1893年。
まさにヴィクトリア後期、
産業革命が成熟した時代です。
しかし彼らは、
大量生産や効率を最優先する道を選びませんでした。
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島のウールを使い
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島で紡績し
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島の文化をそのままニットに落とし込む
JAMIESON’Sのフェアアイルは、
伝統を守りつつ、生活の名で完成された形を、今も続けています
ANATOMICAとの親和性
ここでようやっとANATOMICAが登場です。少し長くなってしまいました。
当時のウェールズ公がスタイルとして昇華させたと書きましたが、彼は正装嫌いで既存のドレスコードを壊す人物として知られています。
ゴルフの際にニットウェアを着る、という当時では一般でなかった着方もしていたようです。
ただ、個人的には単にルールを壊しただけでなく、上手く融合させたという方が正しい気もしています。
フェアアイルセーターの配色は前述の通り自然由来の少しくすんだ色。
この配色が英国伝統のツイードやフランネル(ベージュ・ブラウン・グレー・オリーブなど)と自然に繋がったのだと感じます。
同様に、ANATOMICAでは「オリジナル」や「ヴィンテージ」などを大切にしています。
生活に根差し、使っていくことを考えられているものは特にそうです。
長く着て、補修しながら、というのはデザイナーであるピエール自身も続けていることです。
そしてスタイル的にもスタンダードな色味やアースカラーと呼ばれるものとの相性が良い。とてもANATOMICAらしいです。
「モノ」・「スタイル」という2つの側面がANATOMICAがJAMIESON'Sを選ぶ理由です。
シェットランド諸島で育まれたフェアアイル柄は単なる装飾ではありません。
配色も、模様も、すべて理由があります。
それは、
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厳しい自然
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限られた資源
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庶民の生活
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そして時間
によって磨かれてきた、必然のかたちです。
それはきっと現代の私たちの生活にも馴染んでくれます。
フェアアイルと聞くと、1,2世代前の洋服というイメージを持たれている方もおられると思います。
背景を掘ることで、その固定観念を少しでも揺さぶることが出来れば嬉しいです。
もちろん、これが全て正解ではありません。
ANATOMICAというオリジナルに敬意を払うブランドのフィルターを通して見たときの1つの魅力として感じていただければ幸いです。
